低コストな労働力が人々を支えていく

1970年代以前の毛沢東体制までの中国は他の国の資本を受け入れず自国のみでの発展を進めようとしていましたが、それには限界がありました。
その結果、技術水準の遅れや国内の産業の疲弊を招くこととなってしまったのです。
毛沢東の後、指導者となった鄧小平は状況を打開すべく、改革開放策を打ち出しました。
その一つが外貨導入で、中国国内における主要工業の鉄鋼業をはじめとし、経済特区の設置、租税、規制緩和などの政策により、海外企業の生産拠点の誘致を積極的に行ないました。
そのうえで、毛沢東が行なった人口拡大政策は重要な役目を果たしたのです。
世界第1位を誇る膨大な人口は大きな働き手であり、それを使って安く労働力を提供することができました。
その他国にないメリットにより、世界各国の製造拠点となり得ることが可能となったのです。
そのおかげで、日本国内の百円均一店の商品に関わらず多くの製品は「Made in China」のタグが付くこととなり、その現象は世界各地に広まりました。

世界へ売り出す

ところが近年は中国国内においての製造コストや人件費の上昇などの影響により、こういったメリットがなくなってきたのです。
今や中国に製造拠点を置くうまみが薄れた各国企業は、製造拠点をベトナムなどのより低コストで賄える国へと移転させる動きが見せました。
それに対応して中国政府は、2007年に外貨の税率優遇制度の撤廃を断行しました。
これにより中国は自国内の産業を国際的なものにしようと世界においての競争力を育成し、さらには中央アジアやアフリカなどへ企業が進出するようになりました。
さらには海外企業を買収するなどにより、中国を「ブランド」化しようと考えているのです。